昨年、住学の番外編として全国を飛び回る曳家職人の岡本 直也さんを招いて勉強会を開催しました。
ちょうど一年前の2022年の8月、新潟県の村上地域で記録的豪雨による水害がありました。
その被害状況を受けて、この日は「緊急特別企画 災害復興セミナー~沈下修正編~」と題して行いました。岡本さんのお話の前には、オーガニックスタジオ新潟の相模さんからも貴重なデータを交えた講義もありました。
私も参加し非常に勉強になったのはもちろん、何より岡本さんの歯に布着せぬ物言いに、職人としての心構えや生き様も含めて、自分自身の仕事に対する姿勢を正される思いでした。
曳家岡本のHPはこちら 。ちなみにブログも面白いですよ!
寺社仏閣など歴史的な建造物も多く手掛けられている岡本さんにもっとお話をお聞きしたいと思い、新潟を離れる直前の岡本さんに少し時間を頂いて、新潟駅で色々とお話を伺いました。
ただ、私もそこそこ建築業界に居ますが、沈下修正工事に携わった事は1度もありません。令和元年から今の会社で改修工事をメインに仕事をしていても、です。
なので、岡本さんから工事の写真を見せてもらったり詳しくお話を聞いても、実体験としての経験値が余りにも乏しく理屈は分かるけどイマイチピンと来ていない、正直そんな状況だと自分でも感じていました。
どこかのタイミングで岡本さんが手掛けている現場を見学させて貰いたいと思っているものの、なかなか県外まで伺うのは…
それから1年後、住学の発起人の1人でもあるサトウ工務店の佐藤さんが自社の工事を岡本さんに依頼されて、なんと住学内で見学出来ることになりました。佐藤さん、そして何より見学を承諾して下さったお施主さん、本当にありがとうございました!
工事期間は約1ヵ月程度、ちなみに私が伺えたのは1度だけです。写真は参加された皆様からありがたく頂戴致しました。
見学に伺ったのは既に家を持ち上げているタイミングで、所々に写真の様にジャッキが設置されていました。
なお、曳家について知らない方もいらっしゃると思うので、ここでちょっと解説を。
私のイメージする曳家って、その言葉の通り「家を曳く→浮かせて場所を移動させる」職人の事だと思っていました。
ですが、曳家の手掛ける仕事はそれだけではありませんでした。
曳家岡本のHPから拝借すると
曳家岡本では 一般住宅・社寺仏閣・古民家・工場など 木造と鉄骨の建物の曳家・家の傾き(沈下修正)・家起こし工事を承ります。
曳家(家屋移動)だけでなく、曳家の技術を使って家の傾き修正から家揚げ、嵩上げ、 沈下修正、土台揚げ、基礎の造り替え、白蟻や腐食による柱や土台の取替え等をご相談ください。
千葉県と故郷・高知に倉庫があり、ご依頼いただければ全国伺いますのでよろしくお願い致します。
との事で、その技術と経験を用いてあらゆる沈下修正工事や建物の傾き修正を手掛けています。そして、本当に日本全国を飛び回っておられます。
詳細は曳家岡本のHPに分かりやすく図解されていますので、是非ご覧くださいませ。
中でも得意とするのは、やはり歴史的建造物の修正工事との事で、HPから写真を拝借しました。膨大な量の枕木と鋼材を用いて、建物を浮かせているのが分かりますね。
ウン百年と時を経ている建物も、高温多湿の日本の気候ではやはり地面に近い足元から朽ちていく事が多いです。腐朽していたり、白蟻による食害が主な原因でしょう。
雨漏りなどしていなければ、ウン百年といえど上部構造の柱や梁の木組みはしっかりしている場合もありますから、足元をしっかり修正する事で更に歴史を紡いでいく事が可能になります。
日本の伝統文化を後世に伝えていける、とっても素晴らしい職能だと私は思います。
そして今回の様に基礎がある築ウン十年程度の一般住宅では「土台揚げ」にあたります。
基礎ごと沈下して建物が傾き支障が出てしまった建物の傾きを直す。そんな工事です。
基礎と土台(建物)を切り離し、ジャッキで少しづつ持ち上げ、建物を水平に修正する。
その後生まれた基礎と土台の隙間に、収縮が少ないように配合したモルタルをしっかり詰めて、また基礎と土台を緊結する。
ざっくり全体の流れとしてはこんな感じです。
写真の様に、場所によっては基礎を少し斫って鋼材もしくは堅木を差し込み、ジャッキを据え付けます。
一般的に大工さんが土台揚げを行う際に用いられる「爪ジャッキ」を、岡本さんは使用しません。
この図の様に、少しだけ基礎を斫って外側からジャッキの爪を差し込んで、土台を持ち上げます。正直、私もこの様な工事が当たり前だと思っていました。
曳家岡本では、基礎の外と内側両方にジャッキを据え付けしています。
これは基礎の内側から撮った写真です。一緒に写せないので分かりづらいですが、外と中に1台づつジャッキを据え付けるんですね。
これは「柱や梁といった構造体を出来る限り痛めたくない」という曳家岡本のこだわりからくるもので、爪ジャッキの土台揚げでは土台と柱を痛めてしまうから、という理由から岡本さんは爪ジャッキを採用していません。
当然ですが、家って重たいじゃないですか。それをこの小さなジャッキで持ち上げるんです。もちろん何台も設置する訳ですが、爪ジャッキだと力をかけて持ち上げる時にジャッキとは反対側に「ちょっとだけ土台が傾く」のだそうです。
これはイメージして貰えば、何となく力学的にそうなるなーと思って貰えると思います。
土台と柱は「ほぞ」と呼ばれる加工で接合されていますが、この土台の傾きによって柱のほぞに影響が出てします。例えばそれで割れてしまったら、強度は落ちてしまいますよね。
こういった「極力構造体に悪影響を与えない」が曳家岡本の大前提となっています。その為、わざわざ基礎のコンクリートを手間をかけて斫って、両側にジャッキを据え付け、内外同時にジャッキを上げる事で土台が傾かないようにしている、との事です。
もちろん基礎のコンクリートを斫る訳ですから、その分強度が落ちるじゃないか!とか、そんな手間はかけられない!とか、色々な突っ込みはありそうです。
それでも信条を貫く曳家岡本のその丁寧な仕事ぶりは、実際に現場を拝見して体感できました。
今回の現場は比較的床下空間が高く、大人がしゃがんでいられる程の余裕がありました。それでもこうして這いつくばっての作業。常に立って仕事をしていられる我々からしたら、並大抵の仕事でないと実感できます。
赤いラインはレーザーレベルという機械で水平のラインを表しています。ここに土台をぴったり合わせていく。一度に3~4㎜づつしか上げれませんから、何度も行ったり来たりを繰り返します。しかも狭い床下を。
本当に地味な作業の繰り返しですね。
写真では隙間から光が漏れていますが、当初は基礎と土台に隙間なんてありませんから、当然真っ暗な中での作業。
そして土台が水平になったら、出来た隙間にモルタルを詰めていきます。
固まるまでダレないよう、工夫してモルタルも現場で練っているそうです。
濃い灰色が詰めたモルタルの部分。
この部分なんかは詰めたモルタル部分がかなりの高さになっています。5cmはあるでしょうか。
最後の仕上げは左官屋さんがするそうで、わざとちょっと引っ込めて詰めてあるそう。
当然片側だけでなく、中も、外も。
実はこれだけでは基礎と土台は緊結された事にはなりません。ただ基礎に土台が乗ってるだけですから、揺れたらズレてしまいます。
一般的には「アンカーボルト」という、基礎のコンクリートに埋め込んであるボルトで土台をしっかり緊結してあるのですが、こんなに基礎が下がってしまうと元々設置されていたアンカーボルトの長さでは足りず、緊結できなくなってしまいます。
それを解消するべく、ボルトを延長する為に現場で溶接をする事もあるそうですが、その分手間がかかり工事費もかかってしまいます。
そこで曳家岡本では「伸ばしナット」と呼ばれる部材を独自に作ってもらい、採用しているそうです。
こちら岡本さんのブログ写真から拝借しました。元々のボルトを延長するナットですね。これで下がってしまった基礎と上げた土台を緊結する事ができます。
使い勝手や形状なども、現場での施工や納まりを加味して特注で作ってもらっているそうです。こうして知恵を絞り、強度を保ちながらも工事の簡素化も図っています。素晴らしい。
施工終了後の床下。あれだけの工事をしたにも関わらず、こんなにキレイに清掃もされていて、文句の付け所がありません!
1年前にお話を伺った時には上手くイメージ出来ていなかったのですが、こうして僅かですが、実際に岡本さんの施工されている現場にも伺って体感する事ができ、私の中にこれまで存在していなかった「沈下修正(土台揚げ)のものさし」が生まれました。
もちろんまだまだ経験不足ですし、1つの現場しか見ておりません。
ですが、ものさしが無い状態って「何が分からないのか、すらも分からない」という状態です。今後はこの「曳家岡本ものさし」を持って、沈下修正にも積極的に携わって行きたいと考えています。
実際、昨年とある沈下修正の相談がありました。新潟も比較的地盤が悪い地域が多いですから、地盤沈下による家の傾きで困っている方も結構いらっしゃると思います。
ですが、その時は私には知識も経験もないため、知り合いの業者経由で地盤改良工事会社から見積もりをしてもらいましたが何と工事費1,000万円オーバー!?という事になり、とても施主に提案できず。
それではと自分でネットで探した中で良さそうな業者に簡易見積りして頂き、施主へ提案していました。
一旦は「これで工事進めましょう」となりましたが、提案した自分自身が余りにも判断基準がなさすぎたのと、ちょうどその頃に岡本さんのお話を伺う機会がありました。
そこで正直に「すみません、私の勉強不足でした。提案している工事が妥当かどうか現状では判断できない為、少しお時間頂いていいでしょうか?」とお伝えし、今に至ります。
最終的にどのような判断をされるのかは分かりませんが、少なくても1年前の自分よりは知識と経験を持って仕事をお請けできると考えています。
今回見学させて頂いた物件のように、しっかりと手間をかけて土台揚げが出来れば胸を張っておススメできるのですが、それでもウン百万円という工事費がかかります。決して安くはありません。
でも、その根拠も体感できました。何でそんなに手間がかかるのかも、手間をかけるのかも。
当然施主にも予算や今後の人生設計もありますから、全ての物件で100%沈下修正工事、は出来ないと思っています。これくらいで、あと何年暮らせればいいという基準は、やはりそのお宅によって違います。
ですが、例えば松、竹、梅、とある程度予算枠と工事内容をしっかり伝えて、施主の判断を手助けする事は我々に出来る仕事だと考えます。
その為にはまず知っておくこと。そしてそれをしっかり施主に伝えること。まだまだ経験値は多くありませんが、これから精進していく所存です。
さて、そんな曳家岡本の親方である岡本さん、実は職人でありながら本を執筆されています。
こちらは専門書というよりは、一般の方向けに分かりやすく知ってもらう為の本です。是非気になる方は読んでみて下さい。
そしてこの秋、2冊目となる本を現在執筆されております。
11月15日発売「曳家岡本口伝 構造から直す本気の住宅再生」(創樹社)
こちらは岡本さんのこれまで培ってきた叡智を注ぎ込んだ、プロ向けの専門書となるそうで私も非常に楽しみにしております。
そしてそして、こちらの書籍発売に合わせて何と岡本さんご本人による出版記念講演を新潟で開催する事に決定しました!
今水面下で
(仮)11月17日㈮ 15:30~17:30 会場:新潟駅周辺
という事で住学事務局が企画をしております。
新潟で岡本さんから直接お話を聞ける、またとないチャンスです。是非お誘いあわせの上ご参加下さいませ。
また日程等確定しましたら、改めてお知らせ致します。が、とりあえず皆様11月17日のスケジュールは空けておいて下さい!
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